2009年1月23日

土曜日は208ショーケース、バイヤー兼音楽家佐藤君登場

今週土曜日の20時から、208メンバーの佐藤くんのショーケースです。

佐藤くんは、「もぐらが一周するまで」という名前で音楽をやっていたり、某メンズなんたらでバイヤーをやっていたりと、わかりやすいのかわかりにくいのかどっちなのかわからない存在なのですが、そんな曖昧な説明しかできないぐらい、私は詳しく知らないのです。前、208でメンバーのプレゼンをやったときも、私は遅刻していったので、佐藤くんのプレゼンを見てなかったのでした。佐藤くんのコアな活動は知らないとはいえ、メンバーとして一緒の場所にいてはや半年、様々な佐藤模様を見させてもらっています。私にとって佐藤くんといえば。そう、いろいろあります。佐藤くんはだいたい仕事が終わるのが遅いので、たいてい、ミーティングには皆がまったりするころにあらわれるのですけれど、皆を恐縮させない、しかし申し訳なさはちゃんと伝わる、ものすごいナチュラルな腰の低さであらわれ、そして、おもむろに冷蔵庫からビールを取り出し、実においしそうにビールを飲むのです。その一連の動作は、ああ、佐藤君はビールを飲みたかったんだな、そのことをおだやかな気持ちで眺めてしまう、そんな動線を描くのです。その、佐藤くんがビールをおいしそうに飲む行為はまるで、「今はビールを飲んで、こころから一息ついてもいい刹那(とき)」と天から審判が下ったように空間を変えてしまうのです。それは、流通の最前線で働きつつ、その社会化の魔手になんら存在を侵食されることのない、彼の徳をあらわしているのかもしれません。佐藤は、佐藤である、そんな決してよどむことなく亘る様を佐藤君は常にかもし出しているのです。

そんな佐藤くんの、普通にコアな活動を佐藤くん本人の口からきけることはまずありますまい。そんなわけで、皆さん、208にくるとよいと思います。

2009年1月 8日

災害時にこそ肌のふれあい★11日大阪のお寺でマッサージのワークショップ!!

直前なんですが、今週末11日の日曜日の昼間に、大阪の應典院でワークショップします。この催しは、應典院が毎年やっている「コモンズフェスタ」というお祭の企画のひとつなんですが、今回のテーマは、「減災の身体性」となっています。應典院がある地域は、いつ大地震が起こってもおかしくないといわれている上町断層が走っていて、そういった災害はふせげないけど、普段から災害に備えておくことで、「減災」はできるんじゃないかと。そういったことがテーマです。普段から、非日常に使える技を磨いておくってことを、アート、詩、演劇などからアプローチする企画が目白押しです。

今回私がやる企画は、「災害時、バックグラウンド、価値観、ぜんぜん違う人たちが居合わせたとき、どうやて安全に身体的なコミュニケーションをとれるか?」というのがテーマです。災害時で皆が不安に思っている時ほど、身体的な、ほっとするコミュニケーションは必要すよね。

どうしてこのワークショップを思いついたかといえば、やっぱり、どうしたっても人と人がお互い安全に、かつ、親密なカラダのふれあいを持つのはとっても難しいと思っているからです。不用意な相手への身体の接触はセクハラや、時には暴力になるときもあるし、そこまでひどくなくても、独りよがりの親切の押し付けになってしまうこともある。その領域は、看護婦、医者、マッサージ師、風俗等の、そういったプロフェッショナルな人々や、限定された場所で行われているのは、身体をふれあわせるということには様々なリスク含まれてるっていう理由もあるのでしょう。

でも、ある簡単なルールさえちゃんと守れば、居合わせたもの同士も簡単にステキな関係がもてるんじゃないだろうか?それはめっちゃ簡単なはずなのに、どうしてここまでできないんだろうか?ということから、考え出されたのが、このワークショップなんス。

これは、私の長年の課題でもあって、私がセックスワークをする上で、お客さんにサービスや、満足を与えようとすると、私が身体的にも、ココロの上でも、ものすごく自分を押し込めて、我慢しなきゃいけないことが発生します。それが、どうにも解せなくて。お客さんは、「本当の私の反応」を求めていると同時に、「自分の望むとおりの反応」を求めていて、もーめっちゃコンフリクト。それ無理っすよ!ということが頻発なのです。

それが、よりよいコミュニケーションの場になるには、どうしたらいいかってことをずーっとずーっと考えてきたのも反映されています。

そして、お互い気持ちが同じような方向を向いているのに、すれ違ったりするのは、プライベートでも頻繁におこっていて(性的な現場にかぎらず、友人同士や、仕事の相手とでも)、どうして、こんなにお互い気持ちをあわせることがむつかしいんだろう、といつも感じます。ていうか、私自身が、そういたコミュニケーションにめちゃたけているわけではなく、つまずいたり、できなかったりするってことですけど。

とか、いろいろ書いてますが、当日やることは、いたって簡単です。誰でもできる。

おススメワークショップですので、皆さん、ぜひきてください★

他にも、減災をテーマとした演劇や、詩の学校など、参加しがいのある企画がありますよ~。

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ワークショップ
「あなたとわたし、いつもとちがう回路でつないでみる」

誰にでもできる簡単なマッサージを通して、人とふれあうことを楽しみます。人は、こんなにも繊細で、やわらかく、強く、弾力があり、常に変化して、息づいている。それが、「あなた」で、そして「わたし」。同じ場所にいる人たち皆で、感じていることをすくって、味わって、「気持ち」を一緒に作っていきたいです。 持ち物としてハンドタオルをご用意ください。

講師:タミヤリョウコ(ライター)
《日時》1月11日(日) 15:00~17:00
應典院1F研修室A/ [¥]500円/定員15名
※要予約

2009年1月 2日

メメント

そういえば、去年のおわり、知り合いのお父さんのお墓参りにいったのです。そのお寺がとてもよい尼寺で、おもわず私もそこに入りたくなるような。

私の実家はクリスチャンなので、母が存命中になくなったら、私も自動的にキリスト方式の葬式になると思うのですが、やってほしいこととやってほしくないことがある。

ひとつは、私の葬式で、キリスト教の布教をしないこと。もうひとつは、主催者の人は、来てくれた人に、心からの礼をゆってくれること。死んでしまったらそれまでかもしれないが、それだけはやってほしいです。楽しげな葬式をお願いします。

たぶん許されないと思うけど、お墓やお葬式も、あの年末にいったお寺のような、お金がそんなにかからない、お手軽なものにしてほしいです。

あ、このエントリーちょっと正月っぽい。そんな、モリをメメントするには目の前にいろいろやらなあかんことあるので、おおっぴらにはいえませんが、万が一そんなことがありましたら、残された人、よろしくお願いします。

208忘年会にはヨーコ降臨

208の年忘れ、一日中遊びました。詳細を正しく書き記す自信がないので、箇条書きに。おもにヨーコ部分を。


・扇町公園でグレープフルーツごっこをやっていると、間髪いれず、現人神のようなぼっちゃんが去年にひきづつき、またあらわれる。徐々に、彼が、「ヨーコ」であることがあきらかに。

・去年のぼっちゃんと同一人物だと判明。

・パンツよりもしいたけが生々しかった。

・やっと二足歩行をはじめた我々に、ヨーコは「ころころドッジ」をつかわす

・ヨーコにつづき、ジョンもあらわれる。ヨーコにしつこく「ジョンつれてこいやあ!」といった結果。

・ヨーコの家庭環境に思いをはせる一場面がある

・今年もまた、ヨーコの才能がいかんなく発揮され、グレープフルーツごっこは大盛況のうちに終わる

と、まあ、おめでたいことがたくさんありました。

今年は、来年また会おう、12月30日に、と約束がされました。去年の現人神に、「ヨーコ」という名がついた去年。...こうして、208の忘年会は、末永く、続いていったということです。めでたしめでたし。

しょうがつらしいものを食べたい

身から出たさびで、今時分、漫画喫茶にいてどうとかいえることではないですが、正月ぽいものが食べたい。

ここには、正月ぽいものが何一つない。画面の向こうで誰かが何かを祝っているのを見てるのみ。
正月ぽいものーと漫喫の食べ物コーナーに行き、そこで私が一番正月らしいと感じたお菓子、「素材派プリッツ TOMATO オリーブオイル&ハーブ仕上げ」を食べてみたけど、まあ、あれだ、ま逆、といってもいい味がする。

お正月なめてた。お正月を心待ちにする気持からお正月がはじまっているのを忘れてた。お正月をないがしろにしてしまった。お餅をつまらせてもいい、そういった覚悟でのぞむべきだった。お正月は勝手にやってこない。

そうこういっているうちに、ふつかですか。早く寝ないと初夢さえ逃す。いちふじにたかさんなすび、よい夢がみられる魔法の呪文はきかず、私の正夢は、三万円をはらうゆめかもしれません。
うわーい。

年末年始にはマービンゲイがききたくなる

ヒッチハイクのエントリーで、マービンゲイ動画を探したら、いっぱいあるのなー。

かっこいいやつをいくつか。


■Hitchhike
音は悪いけどダンスがいいです。

■ & TAMMI TERRELL "Ain't no Mountain High Enough"
このべったべたな映像がよいですね。

■ Your Precious Love
もっとも好きな曲。この人たちの動きがいいです。

これは!ヒッチハイクサイト「のってこ!」

ヒッチハイクか~。実は一度もやったことないのですが、ウェブ上で、ヒッチハイクできるサービスが!すげー。

■のってこ!
http://notteco.jp/

ためしに京都から検索してみたら、3件ヒット。愛知、長野、徳島。乗せたい人ばかり。どこも普通にいってみたいです。


去年のマンガ総括

去年新しく知ったマンガは、ほとんど同居人もりおさんから借りたものばかりでした。もりおさんが私にすすめてくる時点で、かなり厳選されているので、たいへん満足のいくものばかり。それでは、もりおさんにも、私にも、世界中のだれにも、まったく新鮮でない、おススメのマンガをあげます。私の情報ソースはどんどんローカルになっていきます。

★大高忍「すもももももも」
成長もの。最近、主人公のような若者、もしくは、そういった自意識をもった人々がふえているのか、自分の守ってる殻からどうやって出てくかの王道の展開。そして、出てくる女の子が全員偏ったエロさをかもしだしています。そこはついていけませんが、ストーリーはたいへんおもしろいです。

★よしながふみ「昨日なに食べた?」
もう大御所ですね。もりおさんが最近であったお宅友達のおねえさんが、この漫画がモーニングに連載される意義、というのを熱く語ったそうですが、そうだと思います。このよしながふみのマイノリティーな問題の取り上げ方、多くの人が共感する人間ドラマの作り方は、職人芸。かといって甘すぎず。すげいす。

★篠原健太「SKET DANCE」
普通にとってもおもしろい漫画なんですけど、このひとは、少年漫画を心から愛し、そのオマージュをささげながらも、よく知り尽くしているからこその物語展開を単純にせず、また自分のキャラクターに深く、何癖もある愛情をそそいでいるところがよいです。もりおさん情報によると、あんまり売れてなさそうなので残念です。

★小田扉「団地ともお」
これだけは、208で読んだ本。今年読んだ中で一番好きです。ネオ・ヒューマン・群像劇、というか。この人も、この登場人物ばかりか、その細かな設定、背景すみずみに愛がいきとどいています。いびつなものも含めて。

これだけしかおもいだせない。
私のマンガ読み魂も地に落ちた。今年はもっと読みます。

腰痛いたい

いやー腰痛だわ。ちょっと油断するとくるのな。

今まで、からだのことを聞きかじってる中で、「腰痛」というのは、重要なこととしていくどとなくでてきてうのですけれど。しかし、自らのカラダで知ると、も、ぜんぜん違う。今まで知らなかった「腰痛界」が目の前にばっと開けたよ。姿勢とかいきなり気を配り始めたよ。配らざるえないよ。だって主張してくるもの、すぐに。「腰っす!」って。右。右が。なんていうのか、無個性じゃないのよ、腰痛は。なんてことない痛みじゃない。強弱や、もっと細かいニュアンスがある。何かの拍子に、ずきん、ってくる。あ、なに?今の痛み...。なんだよ、何かかまってほしいのかなって、思って注目すると沈黙。そうすると、ますます気になってくる。いやいや、そんなことやってる場合じゃない、ブログブログ!って思ってると、また、ずきん、て。思わせぶりな態度。そういうのにあんまりひっかかりたくなくて、ほかの子のことを思ってみたりして。ふくらはぎも少し筋肉痛。そんな思わせぶりな態度じゃない、心地よい疲労。いいや、あいつのことなんてなんとも思ってない。気まぐれな態度をとらない、素直なアイツのほうがいいよ。って、今まで感じたことのないサインを送ってくる腰が、どうしても、きになる。どうしちゃんたんだろう、こんな気持ちはじめて。ほんと、どなんだろ、私のこと、どうおもてるのかな。

とまあ、腰痛にいいように振り回されてます。
あんまり長いつきあいにならないようにしたいものです。ミステリアスな魅力にはまらないぞ!

セックスワーカー関連のイベント情報

1月31日に、大阪で行われるイベントありますよ。

セックスワーカーのいるまち2008
http://www.sexba.jp/town/mixevent/#town2008

私もトークでちょこっと参加させていただく予定。テーマは、「セックスワーカー連帯の過去・現在・未来~セックスワーカー連帯の過去・現在・未来~私たちが安心して働ける未来はあるのか?!~」らしいです。皆様、ご興味がありましたら、どうぞいらしてくださいー。

クリスマスイブ@鞍馬山

今年のクリスマスには、同居人のもりおさんと鞍馬山に行きました。

ほんとは、比叡山にいこうとしていたのですが、叡山出町柳駅についたら、こちらからは電車はない、バスが一時間に二本だけ、といわれ、しょっぱなから計画倒れ。比叡山、いけねえよ!とあぜんとしていると、もりおさんは、こういったダメな失敗に大うけしてくれるすばらしい人なので、爆笑してました。

しょうがないので、その場で得々切符、みたいな、ちょっとでも得してやれ、という庶民根性で、すぐに「得々」にのせられてしまう、という私の特性を発揮し、鞍馬温泉の露天風呂と往復切符が一緒になったものを買いました。しゅっぱぁつ!

貴船登山口でおりて、登山。

途中ですれちがう男子に、いちいち反応している我々。その人とつきあえるかどうかまで考えてるよ。山ですれちがう男子は、さわやかな中にも、何か影がありそうでよくってよ!今のひとから、いいにおいがした!とにおい判定までしていたもりおさんに、はやく彼氏ができないかなあ、と思います。

ぜいはーいいながら、無事鞍馬温泉までたどりつき、露天風呂にありつきました。塩素の匂いのする露天風呂でしたが、景色はすごいよかったです。お湯ってだけでサイコー!

そこでも、ほかの女子ウォッチングをかかしません。
あまり、銭湯などでみることのない、髪を巻いているギャルがはいってきたので、軽くもうひと騒ぎしました。そして、ロシア系の美人もはいってきて、なんだ、わたしらのいく先々では、白人系美人と遭遇する率が高いのか?と思いました。

よいクリスマスイブでした。


人生いろいろある

去年は、いろんなものが急降下したらしいです。今のところ、ニュースや人の話できくだけですが、これから周辺にもおよんでくるのでしょうか。

お客さんの話です。その人は、今年の夏ぐらいから、連絡がとだえ、どうしたのかなーと思ってたら、ひょっこり電話がありました。どうしとったん?ときくと、車で知り合いの喫茶店につっこみ、店を半壊させ、その弁償代がなんやかんやで600万かかった、ということでした。それは...たいへんやったねえ...ぐらいしかいえませんでした。が、本人は、その会わなかった半年のあいだに立ち直ったようでしたけれども。また、別のお客さんは、あきらかに弱弱しく、精気のない声で、病気したんや、だいぶかわってしまった、と電話がありました。その人は、また会ってくれる?という問いに、私はもちろん、といいましたが、具体的な約束はせずじまいでした。その電話で、その人の何か確認するかのような。

大きな出来事で、さまざまなことが起こりますが、個人レベルでも、ありようはどんどんかわっていってます。プライベートではもちろん、仕事のこともそうネタにできない状況なんではありますが、一期一会ってマジそうだわ、と肝に銘じ、その時その時を過ごしていきたいものです。

2009年1月 1日

漫画喫茶にはいってからの私の動向

あーあ。

ほんっと書けないわー。私が意を決して漫画喫茶にきたものの、ブログを書かずにやったことを、あまりのネタのなさに書き綴ることにします。


・5時間パックで入って、ソフトエスプレッソを注文。

・西原理恵子「毎日かあさん」5巻を読む(お勧め棚にあったから)

・さそうあきら「タマキトヨヒコ君殺人事件」を読む(一週間くらい前にどっかで読んで読みかけだったから)

・適当なネットサーフィン(ミクシィとか)

・腰痛の治し方をネットで調べる

・スカイプチャットをする(わざわざソフトをダウンロードして)

・原宿の働かナイト009[http://www.voiceblog.jp/momokaku/]を聞く。(相沢さんの生声をはじめてきく)

・隣のブースで、さっきから大きな声で独り言をいっているひとがいる。「うひゃはははひ!気持ち悪~!」「気持ち悪いよこれ!」おもに気持ち悪い、という感想を中心に、「ほうひ!」「まはっまはっ」などの稀有な独り言をかれこれ3時間。

そんな感じです。
あと10エントリーか!

あのスピードをもういちど

文、とういものに遠ざかっている今だから、その周辺のことを書いてみたいと思います。

文章の速度感ってありませんか?

たんに、文は、そうかわりばえもせず、つらつらと並んでいるのですけれど、その読んだときの印象が、はやいと感じるものと、ゆっくり、と感じるものがある。それは、頭の中で読む速度とはまた違って、たんに、感覚としてのものです。

はやくて、かつ、そのはやさがともなって読めてしまうようなよい文章を読むと、こちらの脳の働きもつられて速くなる感じがして、動作までゆったりしていられないようになる。ゆっくりなものを読むと、ゆったりとした気持ちになり、からだも落ち着きます。

私ははやい文が全般に好きで、本当に好きで、そういったものばかりに反応していた時は、自分もはやい文章を書こうとする傾向がつよかったです。しかし、今は、どうもこうにもはやくできない。今、この書いているのは、かなりゆっくりな感じです。です、ます、調だと、やっぱりゆっくりになります。

といっても、どの文章にも、それぞれにリズム感のようなものがあり、うまい、と感じる文章の大きな要素に、そのリズム感が関係している感じです。うまい文章の、冴えたリズムに乗るのは、ゆっくりでもはやくても、どちらもとても気持ちがよい。魔術師のように、そのスピードをあやつる職人技をみると、もうメロメロに。

ぜんぜんかんけいないけど、久々にカラオケできいたスピードのホワイトラブすばらしかったです。
まったく通ってない歌謡曲の名曲をたくさんきけた、年忘れの行事でしたわー。


Midnight Cowboy でわが身を振り返る

真夜中のカウボーイを何年かぶりで見ました。

そのDVDを借りてきた本人がしみじみと、「昔はこの金髪のほうだとおもってたけど、今はダスティンホフマンのほうかもしれない」。

うお。今あんた重要なこというた。そうだわ。私は、もう、ダスティン・ホフマン側。

それがどういうことがよく考え、今後の動き方を考えたいと思いました。

それにしてもダスティン・ホフマンはかっこいいです。このどうしようもなさをかっこよく演じられるのがすごいです。


筋復活祈願

ああ。
現実に起こったことを書くのがメインになっている最近なのだけれど、誰のためでもなく、私はそういうふうにしていっていたのだけれど、もう、そういった頭の働き方をするのを体が拒否しているので、書く楽しみのためだけに記す。なんだったんでしょうか、その縛り。

使わない筋肉は衰える。そのお手本、のように私は衰えている。三日前から腰痛だ。このような、誰にお見せしても立派な腰痛、になったのははじめてかもしれない。あの、表面じゃない、すこおし内部の、たぶん藁納豆のようになっている筋肉の内部が、まさに納豆のような粘りのある痛みをノクターンのように奏でるのです。ふんぬー!ありがたくないその調べに夜中に奇天烈な声を出して起きたりするのですが、本当に心の底から嘆いているのは、作文筋肉の衰えです。作文、さいきんやってない。ここでいう作文、とは、何もないところに、脳の片隅に落ちている一見役立たずな断片をつなぎ合わせて、適当な形にしていみる、という作業です。これとこれをくっつけたらどうなるかしら?あれっ!けっこういいじゃん!と粘土遊びのような感じの繰り返し。主義主張さえちょっとした形のいびつなパーツぐらいなもんなのです。その造作のおもしろさのみが肝心な遊びです。

ここ最近は、PCの前に座ることもへり、からだをのびのび動かすように湧き出ていた、自分にぴったりな言葉のかわりに、少し離れた、よそよそしいものしか出てこない。ちょっと筋トレをしたぐらいでは、そんな感じはとりもどせないものですが、書いてはじめてねん出される自分ってありますよね、それそれ、その人を傍らにとりもどしたいと熱望。

書くぞう、今年は。少なくとも、何もしてなくても脳内の自分の文章でにやにやしたりできるほどに、筋力をとりもどしたいです。今年の抱負。

あれあれとうまに正月。

 本当にあけたような気がしますから不思議です。あけましておめでとうございます。去年は私のスピードが目に見えて遅くなった一年、そして相対的に過ぎていく時間も、世の中の時事も、理解できぬままに通り過ぎてゆきます。高速道路の脇道でたちすくすよう。あわてなくてもよいのにあわててしまうのは、きっとそういういわけなのでしょう。
 それに対してなにやら対策したほうがいいかな、と思うのですが、減らす、という方向と、便利な道具に頼ってちょっとづつする、というのが思いつくやりかたなのですけど、たいてい、便利な道具は使いこなせぬまま終わって行ってしまうので、やっぱり減らすのをがんばってみようと思います。

 みなさま、今年もよろしくお願いいたします。