2005年10月31日

Angel has come, again.

 寒い。  そして不機嫌。  というか、何かわからない不安にさいなまれる。私は、もともと人生のほどんどを不安度80パーでやってきたわけだけど、ここ3ヶ月は人が変わったようにきれいさっぱり忘れていた。そんなこといっている場合ではない、喜ばしい追い詰められ方をしていたのだった。それが人生の流れだ、のような追い風ムードも満点であった。しかし、ここしばらくの様々な情報が、ある意味なつかしいこの感じを思い出させている。  ネコちゃんたちがかわるがわる中途半端に甘えてくる中、外と同じ気温のYさんちのコンピュータールーム(ほこりっぽい6畳間)で、高山冊子の作業、そして、Yさんと長らく共有してきたマッキントッシュを分けるためのデータの整理。マックのことはすっかり忘れていて、古いマニュアルと首っ引きになっていると、浪速ビニィルさんから「マックにトラブルが!」の電話。妙なシンクロ。なんだかうれしい。もう長いこと会っておらず、いや、QFFの時に少し顔をあわせたか、でも、私は彼女のブログ(股ぐらあじ)をずっと読んでおり、そして、最近の彼女の文章は、とてもいい。なんというか、信頼できる、そして、よいものを分けてもらえる文章。それを伝える。が、肝心の用件については、私はOS8.6をうろ覚えで動かしているアルツも進んだユーザーなので(「よし子さん、私メモリ増設しましたっけ?」)、OSXユーザーの浪速さんについていけるはずもなく。私の知り合いの中で、一番マックがわかってそうな人に振ることにする。

 寒いけどはかどる。送られてきた原稿のほとんどの文章をスキャナで読むの完了。グレースケール、大は小をかねるってことで、300dpi。そんで、新しくとったココアっていうウェブスペースに全部あげる。  編集するのを、ワードか、クウォークにするか迷う。他の人との共有を考えたらワードがいいんだろうけど、ワードは使い方よくわかってない。わかってない上に、もっと問題なのは、嫌い、ということだ。食わず嫌いかもしれないが、憎いほどに嫌い。エクセルは大好きなのに。クウォークだったら、大好きな上に、OL時代にとった杵柄、積み木を積み上げるように楽しく作業できるだろう。ちゅうわけで、クウォークにする。印刷しちゃったらどっちかわかんないし。あと、来年もわたしが編集をやるとしたら、今年苦労したら、次はすっごい楽だ。そうと決まれば、早くマックをおうちに持ってこねば。

 浪速さんと話してて、自力整体の指導試させてもらうのを約束。  「やります!」の約束が増えていく。腰をすえて準備しないとヤバい。いい機会にたくさんめぐまれている。やらないと馬鹿だ。

2005年10月30日

Angel

 数時間のうちにご飯&昼寝をこなし、西陣ファクトリーGardenに隅地茉歩 さんの『いちばん奥の棚』を見に行く。この公演は、二口大学さんが『ちいさなちいさな王様』を読み、隅地茉歩さんが踊る、とうもの。  はじまってからしばらくは、朗読の声と、ダンス、どちらかにしか集中できず、忙しい気持ちになる。どちらかといえば、ダンスに集中したいのだが、言葉に反応する性分であるので、おかしなことになってしまう。こんがらがったまま鑑賞してたのだが、途中、「声担当」と思っていた二口さんが、舞台正面にでてきて、そこで「声の主」ではなくて、「声を発する肉体」と認識できてから、徐々に混ざっていった。それは面白い体験だった。が、ああ、からまってる、と思ってたら、唐突に終わってしまった感じがあった。一番前の席で見たので、遠景でもう一度見たくなった。なにか、味わい尽くせていない感。隅地さんのダンスは、やっぱ好きだった。  この会場で、前「ダンスの入り口」というワークショップで一緒だったHさんと再会する。茶でも飲もうや、と誘い誘われてカーニバル、西陣のほんやら堂へ。この人は相変わらずおもしろい。前会ったときより、さらにパワーアップしている感じがした。すげえ人材だ。  このHさんもそうなんだけど、あのワークショップは、本当に興味深い人が集まっていた。今でもあそこで会った幾人かの人のブログを覗いている。  出町あたりまで一緒に自転車こぐ。  やっぱり、自分は今かなり負な方へ傾いていると思い、でも、それだからよけいに、踊る肉体や、そしてHさんと話したことが、今いるところではない違うとこを示してくれる何かに思える。私はそちらへ手を伸ばすし、つい思わず、ちょこっとづつそっちへいきたいのです。

 Hさんは、わたしもかつていた寮に住んでいるのだが、そこで自力整体の指導をやるっていうのを思いついて提案。すげーいい! そして、Hさんにもやらせてもらうのを約束する。

2005年10月29日

人生此れすべて供養、という側面もある、でもあくまで一側面にしたいス

 気が重い。  起きてしばらくしてPCに向かうものの、テープ起こしの作業になかなか入れない。が、いったんはじめてしまうと、恐れていたわりには、昨日のように、ひどく動揺しなくなっていた。感情が逆なでされる瞬間はわかるのだが、それも気がついて、眺めていられる。どの言葉にも、どの立場にも、過度に入り込むことなく。一日で、慣れた、というか、麻痺した。作業スピードは格段にアップした。それでも、すべて終わらすのに5時間かかった。外は暗くなっていた。  ダメージは相当ある。回復するのに何日かはかかるだろうと思う。そういうときこそ、地道な作業をするように。少し休みたいけど。ある種のモチベーションは上がっている。あまり、歓迎する感じではない。間違えそうな雰囲気が漂っている。激しい感情を浴びた、バーチャルな感じでたくさん、複雑な路地に迷い込んでしまった、矛先は無。  Hぴょんが、またメシを作ってくれる。昨日の野菜スープの残りを煮詰めたものを、自信なさげにだしてくるが、とてもウマイ。人参のぬかづけもちょうどいい具合であった。Hぴょんとたくさん話す。風呂上りのHぴょんからは、とてもいいにおいがする。  夜、インタビュ作業を分担しているYちゃんから電話。キツかった、というのを愚痴る。いうまいと思っていた感想や、Yちゃんの状態は大丈夫なのか、ということまでつい話す。大丈夫、ときいたって、Yちゃんの今の状況はそう変えられない。この一連の出来事に、自分は関わるのは辞退しようと思ったが、Yちゃんがおっているものを軽くなるような手伝いはしたい。

2005年10月28日

修行だといいきかせないとやってられない作業っていうのがある

 Hぴょんがやってくる。なんかすっきりしたイイ感じになっている。今回もお土産つき。友達が焙煎したコーヒー豆。カラダ情報、近況などを茶を飲みながらつれづれ話す。  今日は、どうしても、テープ起こしにとりかからなければならない。先日亡くなった知り合いの、死因に関するインタビュー。一週間前に、一週間以内に、と打ち合わせしていた。午前中からやろうとし始めて、結局やり始めたのは夜の8時。途中で、この作業を本当にしたくないのだな、と気がついた。遅い。2時間40分の長さの内、1時間は無音であった。ほっとする。2時間以上かかり、25分間あまり起こす。予想していたのとは違う種類のしんどさに囚われる。そして、思っていた以上にキツイ。オエってなる。外にでていたHぴょんが帰ってきて、野菜スープを作っていた。Hぴょんに「しんどいー」と訴えてみたらかなり忘れる。そして、カラダの話をアッパーに話す。気を取り直して、またPCに向かう。テープが進むにつれ、様々な種類のしんどさがミルフィーユのようにますます積み重なる。自分がどんどん重く固く侵食されていくように感じる。そのインタビューの場が抱えている大きな穴、その中心にある数時間の出来事、それによって表される耐えられない感じの空虚さというか、絶望とかが。もう、作業の目的とかどうでもよくなり、どうして自分がこのような追体験をしなければならないのか、という怒りに駆られる。混乱する。自分の怒りの琴線に触れるような言葉がいくつか出る。その怒りはたぶんトンチンカンなのだが、これ以上ムリ、になって、外にいって電話を掛ける。えらい勢いでぶつける。いつもすいません&ありがとう。  電話の後半は、わたしの陥りがちな癖、あと、コトバにすることに頼っているのに、そのコトバにするやり方の配慮の欠如、それに対する無反省なところを指摘される。しかし、その指摘を、本当のところで、自分が理解しているとはいい難い。この辺りかな、というのは予想できる。あまりに馴染んでしまっているので、全容を、客観的に思い描くことができない。  自らの存在の空虚さ、そして、それを埋めようとして他者とかかわって、またその中でとてつもなく大きな空洞を感じること、昔は、そういった感覚は、けっこう隣合わせで、馴染みがあった様に思える。しかし、今はほとんど思い出せない。それは、本当にありがたいことだ。  が、そういうことが起きることへの怒りはまだ、とてもあるようだ。  それを、叫ぶように訴える必要、どうしようもなく表出せざる得ない切迫、は、もう自分には、ない。  しかし、それは奥深いところにあって、ほとんど感知できないのだが、今自分がわざわざやっているようなことの、石炭のような燃料ではある、と思う。そのような形におちついて、ほっとする。そして、まだ供養は終わっていないらしい。  彼女を直接知っている人が、このテープを起こすことは、恐ろしいことと思う。そういった意味で、わたしは適任だ。ちゃんと終わらせて、受け渡そうと思う。

 未入力だった人のメールアドレスを入力。これで、高山の人らへの連絡が楽になる。メアドなしのMと、Y先生には別個に連絡するのを忘れないように。  今最優先しなければならない、テープおこし作業拒絶反応のため、それが、高山の冊子方面の作業にむけられる。そのため、やろうと思ってなかなかできなかったことがはかどる。原稿を送ってきてくれていた人へのつきました、の確認のメールをようやく出せた。肩の荷が少しだけ下りる。完成しないと降りないけど。編集作業は楽しみなんだけど。とっても。でも、まずはいくつかの原稿をスキャンするところから。やっぱりスキャナーが欲しい。

 いい話。FISH BOOK、神戸の保健所から当初の予定の冊数より多く買ってもらえることになりなりそう、とMさんからメールがきた。

2005年10月27日

日記再開

 再度更新し始める。  書かなかった十日の間にも、周りの見え方がかわることがいくつも起こった。それにあわあわしているうちに、すべての覆水が盆外に流れ落ちそうなので、それを避けるためにも、実直に書いていこうと思う。  起きてしばらくすると、生理がはじまる。あからさまに情緒が不安定に。この不安定さは、実際に血が外に流れ出すまでは、体の不快感として滞っていたように思う。体から、その硬さが徐々に抜けていって、でも生理中特有の骨盤の鈍とした質感が増してきて、そしてココロは何をやっても何を見ても悲しく、腹立たしく、どうしようもない感じ。普段怒らないようなことで怒り、Yさんにつらくあたる。  寺町二条の青葉でランチ。その後ソフマップへ。ほとほと考えて、新スキャナーを買うのは見送る。ディスプレイは絶対買わなあかんしな。そのかわり、マック-ウィンドウズ間のやりとりを補助する感じで、ココアというウェブスペースを借りるっていう案に傾く。帰り、ラーメン「風花」。今日の外食は、両方ともウマイんだけど、どっか気が抜けてる感じ。  ウチに帰ると、AちゃんとM。Mは、M、Aちゃん、私の似顔絵を描いてて、田中さんの髪は長く描く、といいつつ、3人とも脳天から噴水が出ているような同じ髪形にしているのがおかしかった。  夜、根をつめてエントロ(このサイト)のカスタマイズをする。ほとんどカスタマイズされてないように見えるでしょうが、そのとおりです。少しだけmovable typeのことを思い出した。開店中のほうも、MTバージョン3にしたい。が、まだまだ先になるだろうな。

モモコ2号

 モモコ、ラブリーポップの原稿を書く際にURLの表記を承諾してもらい、かつ誤字まで指摘してもらったHIV検査マップさんに、発行されたモモコを送る。そのついでに、モラルドーナツのカレンダー、FISH製作のFISH BOOKも、なんらかの繋がりがもてやしないか、祈りつつこれでもか、と送る。

 H医院に、チェック用のFISH BOOKを届ける。

2005年10月26日

四角いってかっこいい

 プリンターがついに届く。 new_printer.jpg こんなに小物入れに最適! 昨日しこんでおいた、魚介のヨーグルト焼きを食す。 yog.jpg 魚からやや危険なニオイがした

2005年10月25日

自分のやったことをすぐにどうかはできないけど、忘れずつなげたい、どっかに

 Mさんを見送る。なんだか人疲れしておりMさんにツンケンした態度をとる。もうしわけのい。  やるべきことをやろう、と切り替え。はかどる。  Kさんからメール。今日夜京都くると。それを踏まえ、出そうと思っていたメールを、集中して書く。  申し訳ない気持ちの時は、卑屈になってしまうが、その気持ちは、メールに託し、自由になろうと思った。  私は、明らかに、Kさんへの欲望があるから、かかわろうとする積極的な態度に変換できる。それはとても貴重なことだ。  四条烏丸近辺で飲む。話せてよかった。いいたいことはいった、自分の気持ちの確認にもなった。Kさんはどう思ったのだろう。

2005年10月24日

流入する

 午前中、モラルドーナツ会議。今となっては構成員は全国、下手をすると世界に散り散りになるときもあるので、これだけ顔をあわせられるのもとても稀有。手間をかけず、どのような展開が現実的にやっていけるか、話は進んだが、我々は果たしてそれを遂行できるのか。やるよ、やれば、やりまする。  疲労を感じたので、20分ぐらい昼寝、ほんの短いあいだだった。  最近、私の感覚は、〆切や予定をこなすために、ある部分がフル回転して、それ以外は蓋がされているようになっていた。  そして、この昼寝中に見た夢はこうだ。  ゆっくりとくぼみができ、そこに、水もしくは砂が無音でなだれ込んで、満たした。それは、Kさんの死と、昨日電話で話したKさんにとった態度にまつわる何かなのだが、そう説明するよりは、感じることを避けていたことが一気に意識下に流入したようだった。起きると、感覚ががらりと変わっていた。何かが示されてしまった感があった。Kさんは、いない、と思った。死は、本当に穴が空くことだ。何にも埋められない。愕然とした。  そういった感覚に満たされていても、仕事はある。八坂の御茶屋へ。  初老の紳士。話して、とても興味深い面白い人だ、と思っていたのに、いざセックスになったら、違う人格になっておどろいた。なんだ、このものすごくムカつく甘え方をするぼっちゃんは。ムカつく甘え方、というものは、なんというか、こちらの人格を無視して、自分の欲望を遂行することのみにしか注意が払われない、たいへんイヤな状況をつくることがある。さっきまでのこの人との会話が、人と人が話していたのではなく、「夜の遊び」の一端、たまたま呼ばれた女の子に、セックス前のゼンギとしてのナニかだったのかと、とてもがっかりする。結局人間あつかいしてないのかよ?様の。あまりの豹変振りについそう思ってしまうのです。  いろいろな苦労はあったが、なんとか、イかせる。そしたら、その人はもう何年もイってなくて「とりもどした」と感激。「いい役割をしてくれた」と感謝される。だからあんなに必死だったのか、とも思うが、迷惑な話だ。が、その後はものすごくドライな態度で、帰られる。まあ、そんなもんだ。  客が食いきれなかった高級寿司をお土産に。AちゃんとMさんとちょっと話す。  疲れているなあ。

2005年10月23日

今ひとりはおでかけちゅうで、それが残念だ。

 棚を作り出す。我慢の限界が越えて。発作的に。棚を作り始めると、後戻りできないので区切りのよいところまではできる。すべてのことが、このようにできたらよいのに。  東京のMさんとその娘Eたん、そしてYさん来る。超久々な顔合わせ。私どもはなあ、かつて同じ屋根の下に住んでいた。もう信じられない。しかし、私の二人に対するよくいえばザックバラン感、悪くいえばゾンザイ感、は、たしかにその過去を証明しているように思う。  Kさんと電話で話す。

 ふたりにちょっとだけ補助整体を。

2005年10月22日

岡本旬子イラストレーション「Playroom」

 旬子さんの個展をOZCギャラリーに見に行く。  身体の感覚というのを意識する絵だったから、ちょっと不意をつかれた感じで、感銘を受けた。絵を見て、そんな風に感じたこともなかったから。DMにも使われていた絵は、特にそうで。呼吸する、というのが、なんか。わかるっていってしまっていいのか。  そえられていた文章を読んで、さらにガツンと。 TEXT 心を、 体のとなりに置く。 腕を上げて腕を下ろす。 息を吸い息を吐く。 散りじりになった私の心よ 私のもとへ帰ってきなさい。 指先で紙をめくり、 きれいな色をみて匂いをかぐ。 幼い頃は知っていた 心臓の脈打つ音を聞いた。 Playroomと呼んだその場所に迷いこんだのは私自身で、 体と、不安と、希望に向き合うことに これは私のカミングアウトです。 Playroom 2005年10月 岡本旬子 playroom.jpg  身体の感覚、それは精神的なものもすべて含んだ、そういうのは、とてもプライベートで、誰とも共有できない、不可侵の領域で、同時に、様々な垣根を越えて、共感を呼ぶ場所なのか、と思う。そして、そういった種類のものを、表現したのを見ると、すごくどきりとする。カミングアウトされた。

2005年10月21日

最近あわあわしてんのよ、そりゃいいわけだけど、ごめん。

 いやあ、仕事なんかさっさと上げてT君と遊ぶよ!と虚勢をはってみたものの、日向に足を置いたが最後、昼寝までする始末。そうこうしているうちに、T君帰る時刻になる。  うーあー残念、次はアポとって来て!

モモコ12月号イラスト

 実は、モモコの自分のコラムのイラストも描いている。描けます!とついいきがったために、そういうことになった。この、大マスコミ界の一端に、こんなぽっと出の人でも、「イラストレーター」として存在できるのは、喜ばしいことである。口はすべらせてみるもの。しかし、自信がない。私の絵心は、「授業中の内職」として培われた。文章を書いたり、現実逃避のための妄想を繰り広げたり、私のすべてのクリエイチブ行為は、そこから発した、といっても過言ではない。人生的には、クソ役にたたなかった学校も、その点では大いに貢献した。が、最近、絵なんてさっぱり。文章は、このようにウェブの日記をチマチマと書いて3年、多少の心得はある。でも、絵は。だって授業ないから。もう十年以上前で止まってるし、むしろヘタになってる。  そういうわけで、悶々と取り組んでいる。経験がないから、何かのマネにしかなんない。それはちょっと苦しい。  でも、こんな機会もそうそう無い。自分の文章につけるのだから、あまり気兼ねもいらない。もんすごいよい修行の場を与えられてる感じだ。  今回もなんとか仕上げて送る。  ほっとしていたら、11月号モモコの現物が届いた。  思った以上に感動してしまった。それは、自分の文章と絵が、コマーシャルなものに載っている、ということももちろんなのだが。が、それ以上に。求人誌という媒体に、ワーカー側にたった立場の、健康に関する記事が載っている、という状況に、やられてしまった。今までかかわってきたセックスワーカーに関する活動は、周りや自分のスキル向上には役に立っても、もっと広い範囲でのワーカーに対するアプローチになったという手ごたえは得られなかった。自分や、一緒にやってきた人らが割いた労力に照らし合わせても、納得するわけにはいかなかった。  だからよ、よけいによ。  この記事読むの絶対ワーカーか、ワーカー候補の女子。しかも、タダで、5万部配られるっていう。  もちろん、コレ読む人がどれだけ気にかけるかってわかんないけど。何もかわらんかもしれんけどもさ。  いや、でも、やっぱ、すげえコトだよ。少なくとも、私の中では。  祝杯ものだ、今まで苦労を共にしてきた人とも分かち合いたい気分、だって、これらの知識、このような記事に出来るという経験は、確実に今までやってきた活動を通してだから、でも、まあそれは勝手というものだろう。  なんだか今までに比べたら、夢のようなことが起った、と思っていたら、もともとこの仕事をふってくれた、モモコ担当のOさんから、丁寧なメール。いつも、すごく細やかなメールなのですよ。かえすがえず、言葉もござらん。

2005年10月20日

目眩のとき、買い物は向いてない、買い物とはキョロキョロすることと見たり。

 起きてみると、ヒドい目眩。困った。明日、求人誌モモコのイラスト〆切なのだ。試しにPCに向かってみるが、駄目だ。直そうと努力。横になってみるが気が焦るばかり。ああ健康とは如何に大事か。外は気持ちのいい陽気。買い物に出て、圧倒的にあっけらかんとした自然の調子よさに自分をさらすことにした。自分の病気との付き合いに思いを馳せる。自分は、幼少時、体調が悪いことをとても利用していた。なにしろ学校にいかなくてすむ正当な理由ができて、うれしかった。周りに「今しんどいの」とアピールできるのにも頼っていた。わりと最近もそうで、OL時代も、熱が出ると、「休める!」と喜び勇んだものだ。病気は友達!なのだった。不調を感じつつ、それより喜びがまさる。まあ、それでも別にいいんだけど、その感覚はカラダが本当によくなるのを阻むだろう。  今は、心の底から、この目眩に困っている、と思い、ぼくちゃんオトナになったなあーていうか、健康に余裕がなくなったっていうか、歳とったっていうか、目眩大明神様おーさーまーりたーまーえーと祈る。  視線を細かく動かすことがつらいので、買い物は難航。  料理作りつつ。午後、目眩おさまってくる。解放された思い。妙にこったものをこれでもか、と作り、でも一人なので、悲しくなって、AちゃんとMを晩御飯に誘う。  突然高山建築学校で一緒だったT君から「今京都駅です」という驚愕の電話。とりあえず、ウチにくるよう指示。この行動こそ若さ!?と思うが、それは来てからじっくり問いただそう。が、いざ彼と話すと、とても大人だった。せっかくの来訪に歓待したいのはやまやまだったが、〆切りはそんな事情はお構いナシなので、とりかかろうと。  Yさんから電話、Kさんの訃報を聞く。

目眩の成果。と、Mさん。 memai_no_hate.jpg 南瓜の塩パイ、白菜鍋、シソ巻きオクラの醤油つけ

2005年10月19日

Aさんとスウィートでビターな時間を

 スウィートリーカフェにいく。携帯を忘れる。電話番号もわからず、場所もうろ覚えなのに。ヤフーカフェで電話番号を確認し、やっと着く。今日は、Aさんとサシでおしゃべり。スウィトリカフェが、このままだと来年春までで閉まるかも、という話をきく。  帰る電車の中で、私の性嗜好のことを振られ、うーむ、と考える。よくわからない。はっきりしてるのは、寄ってこられるとダメだということ。たいてい、その寄ってくる理由と、相手の自分の評価箇所が納得できない。じゃあ、どう評価されたらいいの?と聞かれ、おもしろい…とか?といったら、でも田中くんの面白さは、狙ってるのじゃないわねえ~とAさんのいつもの的確な口調でいわれ、内心、こんなにいつもいつも面白くあろうとしてるのに、と下唇を噛んだ。が、よく考えたらそれは、書かれない日記の文面を脳内で捏ね繰り回していることに収束されており、反論できず。私の面白さは、ハタから観察された上での天然系面白さ、と今までも何度も人に評され、その度、でも本当は面白いに違いない、と私はおもしろいはずアイデンティティをむしろ強化していたが、その虚しさにようやく気がついてきたので、なんとかあきらめていこうと思う。

 メシが作れない人に対して、私はかなり評価が低い。偏見、といってよいぐらいだ。逆に、ウマイものが作れる人に対しては、必要以上に尊敬の念を抱いてしまう。料理には、個性や、その人の日常の経験がにじみ出て、それもまた味わいのひとつ。思えば、旅の間じゅう、人の作ったものすごくウマいメシばかり食べていた。あれはあれで幸せだった。が、ふと気がつくと、作れない人に、自らがなっていた。台所に立ちすくむ午後であった。  これではいかんよ。今日から作る、と決心。しかも、レシピをちゃんと見て、できるだけ、作ったことがないのも、モノにしていくのだ。食うことに創造性とさらなる快楽を。  そういうわけで、記念すべき一食。そうめん、茗荷、ヒジキと生の南瓜のソムタム。 kabocha_somtam.jpg 南瓜ってナマでイケるのだね

2005年10月18日

指導者生活スタート!(指導者っていわれるのはどうかと思う)

 昼から自力整体の個人指導をするのだが、その準備が詰まってないので、いそいでやらにゃあいかんのに、なんと、某宅に携帯と財布を忘れた。取りに行かねばならず、かなりのロス。その分、集中して詰める。  風呂に入り、掃除をし、迎える準備。今日ウチに来てもらえるAさんは、もともと自力整体の存在を教えてくれたFさんの友達。今まで、適当に教えたことはあっても、お金をもらって指導するのは今日が始めて。  Aさんが帰るのを見送った後、メシを食ったら、限界が来て、寝る。2時間ほど。起きたらすごくすっきりしていて、原稿を直したあと、納品。納品した後、少し開放されて、ひさびさネットで大いに徘徊。

 今回、お金をもらってはじめて、自力整体の指導をした。反省点多々。反省すべき点がわかること自体、ありがたい。やっぱ実践にまさるものなし。  私は、時間を多めにとって、じっくりやりたい派だと再認識。特に、初回で、個人でだったらなおさら。今日は90分の予定で、結局2時間ちかくやったが、それでも足りない気持ち。やっぱ、なんかつかんで帰っていって欲しいから。  夜、Aさんから丁寧な感想メールが送られてくる。指導はまだまだだけど、私が自力整体で大事だと思ってることは、Aさんは受け取ってくれてて、伝わっているようで、また、もともとAさんが思っていたことが、裏打ちされた何かがあったらしく、うれしかった。  もっとこういう機会たくさん作りたい。  入店一日目の気分。  ああ、これからだ。

2005年10月17日

ゾンビーのようにMと遊ぶ

 台所で作業するのも板についてきたが、机と椅子の高さがあっていなくて、背中の後ろがとても凝る。午前中、作業。  プリンター借りに某宅へ。そしてネコちゃんと会う。わーいわーい。作業後、Aちゃんの娘Mと、仲間になって、塔を建てて、鳥が住む、という遊びをする。M面白い。お子さんらと楽しく遊ぶコツがようやくつかめてきた気がする。場をあんま共有しようとせず、適当に自分の好きなようにしたほうが私にはあっている。たぶん、お互いほとんど意思疎通してない。「保護者」の役割を放棄してるからできることのような気がする。  Yさんに、田中はすごい変化していると思うけど、その変化を把握できてないな最近、と、まるで今までは把握していたかのようにいわれる。また、田中は、前店を開くというのは挫折したけど、また同じように開店をさせようとしているな、といわれ、そういわれればそうで、自分では全く気がついていなかった。ただ、売春と身体にまつわる仕事は、私にとっては同じカテゴリー。売春のほうは、特に思いいれもないものも、大量に売らねばならないが。また、田中はカラダのことを直感的にわかるタイプではないが、説明するのはうまいので、自力整体を指導するのは向いているのではないか、と評される。ふむ。  ものすごく疲れていて、ヤバイ感じ、でも、ホルモンを食いにいく、と言い張り、その通りにした。ホルモンは、夢のようにおいしかった。

モモコ2号

 未だプリンター還ズ。原稿納品する前は、やっぱ紙でチェックしたいので、プリンターを借りに某宅へ行く。コーヒーを飲んでおやつを食べ終わった頃に、Aちゃんとその娘がこの宅に風呂を借りに来たので、Aちゃんは、ふたつのグループでSTD三昧の日々を共有して、非常に信頼置ける人なので、印字したてホカホカのものをチェックしてもらう。ほぼOKが出てほっとする。

2005年10月16日

モモコ2号

 体も心も軽くなったので、その延長で、求人誌の原稿を書く。字数が足りなかったのだけれど、付け足したいことが浮かんだら、今度は字数がオーバーし、削るのに苦心。

デキャンタがでっきゃんた

 京都芸術センター主催の隅地茉歩さんのダンスワークショップへ。前に初心者向けワークショップを受けた時、とてもよかったので。隅地さんの体の動きが好み、初心者への配慮が丁寧で慣れている、量的にはハードだけど難しくはなく、踊ることは楽しい、という点にあっさり連れてってくれる、そんな風な印象。それは稀有なことだと思います。今回も、充実していました。集まったメンバーも面白く。ハイになって笑っていて、今私は遊んでいる、遊んで楽しいってこういうことだ、と思い出す。イイコトづくめだったが、終わってから自分がワキをそってない、ズボンのファスナーも空いてて、そのままショーイングにも臨んでたぽく、いらぬアナーキーさをかもし出してしまったのでは、と、ケツの穴の小さい悲しみに囚われる。  帰り、周囲で話題のラーメン屋「五行」へ。ウマイのだが、塩分欲し時であったので、物足りず。あと、油がこってり過ぎるかなあ。  長い間こういうのがあったらプレゼントに、と思い描いてたのと条件が一致する品があって、したりしたりと購入するが、途中、落とす。その場では中身を確かめる気にならず、帰宅後祈る気持ちで包みをあけるが、この通り。 dekyanta_wareta.jpg 悲しいので、すぐ捨てた。

 Kさんに補助整体を少しだけ。限られた時間で、いくつかの感覚を体験してもらいたい意図と、ひとつの動きごとに気が済むまで堪能してもらいたい意図があり、私は、後者を優先させがち。それが大事なのはそうなんだけど、もう少し何を優先するべきか選んで、進め方を組み立てたい。

2005年10月15日

ゆすぶられっこ症候群も顔負け

 『性的虐待を受けた人のポジティブセックスガイド』読書会。ウチが会場なのに、すっかり寝てる。私は3ヶ月ぶりの参加。回を重ねるごとにリラックスし、ディープになっていってませんか。そのディープさは、転がっていく感じで、くるくると、そしてまた皆の中に戻る。それぞれの中で、いい方に変化していってることを願う。話題を掘り下げるというよりは、思ったことを次々と話す形態なので、情報量が多く、ものすごく疲れる。疲れるのは当たり前で、それはいいのだけれど、欲求不満になるのが。カタルシスをつい求めてしまう方向。部屋にひとり残されるのがイヤで、「みんながかえっちゃう」と駄々をこねてみる。やさしくされたので、解消される。少しだけな。  丸二にメシを食いにいって、もう駄目で、寝ることにする。めったに外に食べにいこうといわない人から、ホルモン食おう、と電話くる。もったいないことに、断る。もったいない。

 Oさんの原稿が届きました。

2005年10月14日

ADHDって言い訳もいつもつかってばかりじゃねえ

 昨夜一晩かけて散らかした台所を片付けるのに日中ついやす。やばい、と思い、請求書とモラドのカレンダーを発送することだけはやる。今日はADHD的な散漫さが全開で、カレー食べかけ、掃き掃除を始めたと思ったらすぐやめ、電子レンジの位置を変えてまたもどして、あカレー、と思い出す、といった具合。請求書も7枚書き損じ。さらに多種多様な不備で郵便局と家を3回往復し、これは筋トレです、ガクガクになった足にいいわけ。  夕方、古今烏丸のスーフォルムカフェで友達と会う。亡くなったワーカーの知り合いの話をする。私は彼女とはそんなに面識がなくリアルな喪失の悲しみはない。が、彼女の死にまつわる話は、激しい動揺を引き起こすに足る、いろんな情報を含んでいる。私にもいつふりかかってきてもおかしくない事柄でもあり、最近よく考える。  帰り、新風館の活力屋で飯。似たような建物連チャン。  夜、遠くからはるばるやってきた友達が泊まる。お土産に、精製していなくて巣の形のままの蜂蜜、手作りの生薬入り化粧水をもらう。

 泊まりにきた彼女に、自力整体の指導をさせてもらう。指導者養成を受け始めてから、人に指導したのは今日が最初。簡潔な形ではあるけれど。彼女も身体のことを実践してる人なので、意図がすんなり伝わる。彼女の体を踏んでいるだけの時も、自分がほかほかになるので、そういう意味では向いているな、と思う。ふたりともすごく眠くなったので、予定の全部をやり終えず、寝る。  人の身体に触れると、やはり落ち着く。

 3通届く。受け取って、封を開け、読む。ほんとうに贅沢ですよ。  スーフォルムカフェにTさんにきてもらい、高山建築学校の原稿を受け取る。足労感謝。

2005年10月13日

運針日和

 午前中、気になっていた和裁カフェにいく。  和裁カフェは、マニアックカフェというすてき喫茶で、毎週木曜日の午前中だけオープンする。  メニューは、飲み物、モーニング、運針。運針は100円。当然運針を注文する。そしたら、司っているFさんが、まず指貫を作ってください、と材料の細く切った白い皮を出してくる。私にとって針仕事というのは、必要だったら仕方なくこなすけど、進んでやることではない。が、こんなプロデュースをされると、すんなり入っていける。楽しい。こんなことを気がつかせてくれる、和裁カフェすごいっすよ、とおかしいぐらい興奮してマイ指貫を製作。 yubinuki_fuck.jpg 完成。ポーズは若気(若くない)の至りです。  本番の運針。教えてもらって挑戦する。縫えるのだが、運針の動きはできない。Fさんがやると、最小の動きで、針がするすると布を貫いていく。むつかしい。また和裁カフェこようと思った。 my_first_unsin.jpg My first UNSIN。ガタガタだけど愛しい。  そして、モーニング。ご飯、ニラと卵の味噌汁、豆と人参とこんにゃくを炊いたの、それにデザートの牛乳ぜんざい、バリコーヒーがついて350円。運針100円も、マイ指貫、マイ針込みですよ? 値段のことをいちいちいうのはどうかと思うが、私が今朝経験したことは、とても価値があり、恐縮した。ものすごく楽しかったです。 350yenmorning.jpg 贅沢すぎるヒトトキ  その後、カナートのやまや、枡形商店街、と安いもの買いに走る。  夕方から仕事。可もなく不可もない、ルーティンな感じに終わる。  仕事に行くと、それからまた原稿を書いたり作業したりということに切り替えがあまりできない。もう、こんなにがんばったからいいじゃん、という気持ちにどうしてもなってしまう。  でも、まだ十時だったので、くやしいし、なんかできることやろう、とうろうろしていたら、いつのまにか、台所を大改造しようとしていた。そんなことをしている場合では、本当にない。しかも、途中で挫折した。  台所喫茶は一日でなくなり、元にもどすことも困難になった、散らかった作業場だけが残った。ああ。 chori_fuka.jpg 料理も不可能に。 tirakari_heya.jpg がんばれ!明日の自分

2005年10月12日

 昨夜は自分の自転車操業的人生を電話で友人に嘆きたおしたので、今日はやらねばなるまい。  今やりつつあることは、すべてそうなのだが、「これでいいのか?」ということを、かなり自分で判断しなければならないのが困る。それが欲求不満や不安のもととなっている。  夏帰ってきてからまったくできてなかった掃除をする。半分おわる。  喫茶店にいってしか作業ができない、という病を治すために、台所を喫茶店と言いきかせる。マスターコーヒー、おっいつものやつだね、という一人芝居も、虚しいながら盛り上がり、ココは喫茶店だと自らを騙すことに見事成功。台所でPCを弄る。しかし、私の真の病はあきっぽい、ということであり、喫茶店ごっこも早々に投げ出すだろう。そのときには、風呂喫茶、便所喫茶、と、場所を移動して、なんとか家で作業する方針を固めたい。  メールがあったので、キャノンに電話。プリンターが壊れ、修理に出していたのだが、スペアパーツが切れているという理由で修理代金のみで新しいプリンターと交換してくれるというではないか。9千円ぐらい得した。生涯はじめてのわらしべ長者気分。新しいやつは、機能が進化しているのはもちろん、見た目が角ばっていてかっこいい。キャノンさんありがとう。  ポストに郵便を見に行く以外外にでなかったが、盛りだくさんな一日。

 5通7稿到着。よしよし。自分のものではないのに、集まってきている原稿になぜだか我が子面。  しかし、今のところ、自分が思っていたようなイメージとは少し違ってきている。それは歓迎すべきことなのだが、編集の手腕がとわれるな。こういうのは、ほんとうにナマモノだ。原稿が集まるまで様子を見よう。しばらく休憩。

 「女性のための自力整体」をはじめてやる。この本の最後の章は私的に泣き所。いい。  久しぶりにCDをかけてやったが、全然違う。カラダが熱くなった。  このCDのデータをちまちま打ってCDDBに送信したのだが、「肋骨」をすべて「助骨」にしていた。ヤバい。慌てて再送信。ちゃんとなおったのか。 メモ ・やる前の呼吸を重視(脱力と連動) ・それぞれの姿勢で、揺する、前後、左右、回す、八の字、体重をかける、など、動きはそれぞれの自由に。いろいろ試すのが大事。 ・刺激が深くまで到達するので、急に解放しない。ゆっくりと徐々に。その方が気持ちよさも増す感じ。

モモコ2号

 7割方書き上げる。今回のテーマは「病気の種類と病気にかかったらどうするか」だ。何か足りない風。かつてともにSTDまみれになったモラドやフィッシュの人らに助けを求めたい。ああ同志よ。

 カビを大量に培養してしまった玄米を泣く泣く裏山の地蔵の陰に捨てに行く。成仏してください。 curry_yon.jpg 久々の自炊:セロリとたまねぎのカレー、そしてヨン。 yokan_yon.jpg デザート:コーヒー&ヨウカン、そしてヨン。