2006年11月30日

母と快挙

ファミレスで母と。母はずっとしゃべり続け、わたしは生半可な相づちを打つだけではなく、会話の糸口を探していた。が、わざわざそんなことをしているのにも疲れてきて、しかし、私が何もいわないままに、母のいうことをきいていない状態になったら、それこそその場は私にとって耐えられない、むなしいことになる。ので、聞いている状態を維持しつつ、何か手はないかとふらふらと意識を漂わせていると、話題が信仰についてになり、誰々さんとこの息子さんが信仰をもつにいたったことなどを母が話し始めた。マズい。今までのほうが遙かにマシだった、という状態になる。もうこれ以上ココにいてはいけない、ということしか考えられなくなる。 出て行く代わりに、「お母さん、その話をするのをやめてほしい」という。母は、ごめんね、私しゃべりはじめたら、とまらなくなるから、とあやまる。 間をおいて、お母さんがしゃべり続けるのがいやだったんじゃなくて、信仰のことを話すのがいやだった、私はその話をされると、本当に耐えられなくなる病気だから、その話をするのは控えてほしい、と話す。それは、たぶん、自分が信仰を持っていないことに対して、罪悪感があるからじゃいかと思う、と説明する。そんなん罪悪感もたんでもいいのに、じゃあお祈りするし、という。この軽い天真爛漫さを前に、自分の追い詰められる深刻さが馬鹿馬鹿しくもなる。 私はその短い時間の一件で動揺し、疲れ、しかし、少し軽くなる。 家に帰り着き、その辺りの続きの話になんとなくなる。私はやっぱりどうしても信仰を持つことは無理だ、と話す。葬式の時でも、多くの人が、父との別れのために集まってくれているのに、キリスト教会の葬式だから、それに対する礼や感謝の気持ちがわかりにくいものになっていた、私は、それこそ伝えたかったのに、と。クリスチャンの人は、そういうつもりはないだろうけど、どうしても信じることがいいことで、そうでない、理解していない人はよくないんだという印象を与えてて、それはすごいいやだと。最近こころにつかえていたことも話す。教会の人も、父も母も、神には祈るけど、私に、何か話しかけたりしない、アクションをおこさない、おこしたとしても、それは、形式張ったことで、私がそれを見てどう思うか、ということはすっぽり抜けているものばかりを投げかけている、それはそれでありがたいことだとも思うけど、私にとってその気持ちを受け取れないこともとてもつらいし、「神様にいっつも愛子のこと祈っとるで」という、普通だったらよいはずの言葉が、私にはとてつもない苦痛にきこえる、だからそれはおかしなことだとは思うけど、いわないでほしい、と頼む。母は、私が昔いった、「お母さんは私がもっとも嫌いなタイプのクリスチャンだ」というのをとても気にしていて、ずっと心にひっかかっていた、といった。私はそんなことをいったのは忘れていたのだけれど、それは撤回する、といったけど、お母さんは、私馬鹿やでわっからへんで、もっと具体的にいってほしい、といった。それはそうだと思い、私が、前他の人にとっていた、「それはどうかなー」と思えることを話した。 おかしなものだ。私は、ここ一年ぐらいの間に、「もっと人のことを考えた方がいい」ということを私と関わった人何人かにさとされた。それをいわれると、いつも困っていた。が、いわれないよりはいわれた方がいいし、すぐには変えられないけど、変えられないから仕方ない、と開き直っては決していけない、というところでなんとか踏みとどまっていた。その私が、母に向かって「もっと人のことを考えた方がいい」というような同様のことをいっている。 母に、いろいろ不満を持ちながらも、なかなかいえないでいた。それは、今となっては言葉を使い出したら、母より私の方がうまく、その一瞬前まで、母によってギリギリになっていた自分が、母に不満を語り始めたとたん、私が母を追い詰める方になる、という気がしていたからだ。それでは、状況は何もかわらない。役割が交代しただけだ。私は母をやりこめたいのではない。人をやりこめたりするのは、快楽で、そっち側にまわるのはとても簡単だが、それで変わってほしいと願っているところが変わると思えないし、もし変わっても、いい変化になるのはとてもむつかしいと感じる。 私が被害者になったまま、その不満をぶつけるだけの目的だったらうまくいかない。人は非難されるのはいやなのだ。昨日書いた日記で、私の目的は、「母とやりとりすること」というのが意識されていた。やりとりにするには、やっぱりそこに愛がないと駄目、と思う。しかし、愛があるやりとりというのはしようと思ってできるものではない。結果、そうであったな、と振り返られる曖昧なものだ。やりとりというものがなされたな、と感じる背景の、ある一要素でしかない。できるだけ、「アレをしないようにして、コレをするようにする」と、その場その場をみて、表現していくしかない。 なんか出来た。 私がいろいろいって、母はショックを受けたようであったが、受け止めたい、といった。ありがたい。 素直さが重要なのか。率直ではなく。そして相手がそれでもかたくなであっても、素直さをさらにたたみかけるのが重要かもしれない。傷つくのをおそれず、腹をくくれば、傷つくのも傷つけるのも最小ですむ感じ。その時間と場を一緒に出来たことのほうがありがたいと感じられる。 その後、母も気持ちをいろいろ吐露してくれる。母の、父への気持ちをたくさんきく。それは、私にもとても重要だ。ここ数日母の気持ちをちゃんときくこともできなかったが、きける。自分の感じで、これほどまでにきこえてくるニュアンスがちがうのだなあ、と思う。 これはたまにおこること。 またいろいろあるのだろうなあ。 しかし、日常があってこういうことがおこり、一緒に生活することは大事だ、とやっぱり思う。 何度も何度も失敗しているけど、たまにいいこともおこる。希望が持てる。忘れないようにしたい。

2006年11月29日

実家修行

どうも、実家にいると、怒りも悲しみも喜びも何の気なしのぼんやりも、何もかもふたがされたようになって、目の前におきていることをたんたんとこなすだけの人になる。とてもつらい。が、昔よりはるかにマシになった。昔は、発作的にいられなくなり、国道沿いをとぼとぼ歩いたりしていたが、今は「さむ!」と思い、思いとどまるようになった。そんな風に書くと、ウチがどんな非道い家かと思われるかもしれないが、何も非道くない。よくしゃべる、天真爛漫な年老いた母がいるのみである。 それにもかかわらず、ときおり、「もう駄目だ!」と思うのは、きっと、この家にとりついたイメージがこりかたまって自分にとりついているのだ、と、そういう確信はめばえてきた。このイメージを別のものに変えたい。すぐにそれができるような気もするし、でもできない。が、いろいろ工夫している。母にちゃんと話しかけるようにしたり。しかし、私が、母に話しかけても、たいてい母は、その言葉をびっくりする感じでスルーする。かなりぎくっとなるが、だいぶんなれてきた。よくよく観察していると、母は、自分の話をしていても、突然別の話にジャンプする。私の言葉を無視している、というだけではないようだ。しかし、私は母と、やりとりをしたいのだった。母とやりとりはとても難しい。母は、別に、わざわざ私とやりとりをしたい、と思っていない。そんなことはとっくにできていると思っているか、そんな欲望もないようだ。なので、それをするのは、とても難易度が高そう。 私は、母に無視してほしくないのだな、と思う。 しかし、母の態度が、私がそうしてほしいように変わることは、まず無理そうだ。 私の、数々の発明や、思いつきや、工夫によって、私が納得するようにするしかない。 たまに、お母さんと私、今会話してた!?と思うときがある。そういうときはとてもうれしい。 が、大半はやはり私は無表情無感情の人だ。 私には、別に帰る家があること、今までおこったよかったことをいろいろ思い出すようにしている。あと、体にしみついている感じで覚えているのによそよそしくなっている周りの町を歩いて、思い出ではなく、今生きている場所なのだ、という感覚を促そうとしている。 この歳になってこんなことをやっているのか~と思うが、もう、しょうがない。今やるしかない。 よい音楽をきいたりよい文章を読むと、自分が何かに承認されている、いきていても大丈夫な気がする。京都で、安心して生きているときと、そういったものの意味や、重大さがとてもかわる。十代の頃の、音楽や、映画や、小説や、マンガに対するがっついた感じを思い出す。あれは、なにか自分が感動したり、こころを動かされることで、自分を確かめるような行為だったのかな、と思った。 実家にいると、自分の感情も、目の前にいる人の感情も、すべて無視して生活するのがあたりまえになる。私の、まわりを無視する感じは、これなのだなあ、と思う。まわりを無視しないことを、ごく自然に出来る人が私は好きだ。そういう人の近くにいると、とても安心する。あと、マネをできる。人にやさしくするには、こうなのだ、とか、これが親切や、人と人とのあいだに醸し出され、育っていく何かなのだな、と感動する。私がどうやったっても、いつもぎこちないけど、マネをするように心がけたり、影響されたりすれば、それがなんとか身についていくに違いない、と信じたい。

2006年11月26日

できたぁぁぁ~~!!

できてない!できてないけど、今日やれるとこまではできたあああぁぁ!風俗嬢ダイアリー!やったぁぁぁぁ!数々のバッドな妄想をもとともせず、むしろそれを友とし、こつこつとやりましたぁぁぁ~!いちおう、こまかいところを除けば、おおやけにも出しても、まあいいだろ、というレベルまでにはできた。完成させることの超苦手なあたいが。さあ~これからドトールでうちあげだ!おやじ!コーヒー!ミラノサンド!あとバームクーヘンね!

2006年11月25日

うまくいかない

どうしてもなんだかうまくページが生成できない。なぜだ、ムバブルタイプ。こんなにこんなにムバブルタイプのことばかり考えているのに。 ムバブルタイプのことを考えつつ、他のことも考え、泣きながら作業。そんなアクロバット。 前に、私は選んで売春してるけど、とても楽しそうにはみえない、と評され、たぶん、それは誰から見てもそうなんだろうと思うが、ここで見落としていけないのは、私がしんどそうなのは、売春をしているからではなく、私が私だからだ。とても前向きな意味で。

2006年11月22日

風俗嬢ダイアリーがすすんでる

ぜんっぜん終わらないと思えていた風俗嬢ダイアリーのデザインも、終わりがほのみえてきた。 起きているあいだは机にむかって作業、ねててもCSSの夢見てる。風呂はいってても、ごはん食っててもHTMが頭からはなれねえ。しかし、そんだけやってても、ものすごく遅く、やってもやってもおわらなかったのが、さっき、ようやく最終形態がえがけてきたような。 時間があれば、もっともっと細部をどうにかしたいけど、それは我慢。さぼっていたツケだ。公開に耐えうるまでに漕ぎつけよう。ぐはああああ。 詰めまではまだまだだけれど、絶対いいものになりそうで、それがうれしいッス。 明日は、デザイン作業と平行して、連絡事項とかもやんないとだ。

2006年11月 5日

素も股も藻も喪のうち

もう帰ったら?との無情なお達しにもめげず、号泣でかえしたい。かえらな~いかえれないかえりたいくない、とやや心情信条ともに合ってない嘘であるけども正に真剣勝負の真顔で返したい、そんな気分の今日この頃。スライムのようにでろりと不定型、やることといったらジップジャン、そんな居候でかたじけなかった。ぐずっているのももうあれですね、やめないと。というか、久々に仕事をいれたので、ようやく帰る。父が亡くなった、という話しをしたら、いろいろ話をしてくれ、余分のお金をいただく。うう。その配慮はほんとにありがたい。その金は仏前にはこころの中でだけそなえ、私の懐にそっと入るのだが、せめて母に何か奢ったりしようと思う。